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神戸地方裁判所洲本支部 昭和27年(ワ)8号 判決 1954年3月25日

原告(反訴被告) 洲本市

右代理人 清水八郎

被告(反訴原告) 沢村嘉一郎

<外三名>

右代理人 関口緝

主文

原告に対し、被告沢村は別紙目録記載(イ)、被告天野は同(ロ)、(ハ)、被告十河は同(ニ)、被告竹内は同(ホ)の各土地を、それぞれその地上にある棒ぐいがこいを収去し、なお、被告天野は同(ロ)、(ハ)、被告十河は同(ニ)の各地上にあるその他の工作物を収去して明渡せ。

反訴原告(本訴被告)等の請求を棄却する。

訴訟費用は、本訴、反訴を通じ被告(反訴原告)等の負担とする。

理由

第一、まず、本件各土地につき、原告主張のような各賃貸借契約が有効に成立したかどうかについて判断する。

(1)  別紙目録記載の各土地が、今次戦争中に防空の必要上、兵庫県における第六次の建物除却命令により、その各地上の建物が疎開せられたいわゆる疎開跡地であつて、同目録記載(イ)の土地は被告沢村、同(ロ)、(ハ)の各土地は被告天野、同(ニ)の土地は被告十河の各所有であり、同(ホ)の土地はもと被告竹内の先代訴外竹内シカの所有であつたが、同訴外人が昭和二十四年三月二十六日死亡し、同被告においてその相続をしたので同被告が右土地を承継取得したものであることは、当事者間に争がない。

(2)  そして、証人武甕庸雄の証言によつて、真正に成立したと認める甲第一号証並びに同第四号証の一、原本の存在について争がなく、右証人の証言により真正に成立したと認める同第四号証の二、成立に争のない同第二、三、八号証、各土地の表示部分を除いたその余の部分の成立に争なく、右各土地の表示部分は、証人中村徳松の証言により真正に成立したと認める同第五号証の一ないし五、被告竹内以外の被告等及び竹内宇平名下の印影部分の成立に争なく、その余の部分は、証人谷岡準平の証言により真正に成立したと認める同第六号証の一、右証人武甕庸雄、同中村徳松、同谷岡準平、同亀井理市、同中村力松、同松波肇、同山内忠夫、同池内久夫、同星忠治郎、同浦上一乗、同広地米市の各証言、及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められる。

(イ)  本件各土地上にあつた各建物は、昭和二十年六月頃旧防空法に基く建物除却命令により兵庫県における第六次建物疎開として除却されたのであるが、当時の兵庫県知事は、右除却された建物疎開跡地の措置につき、その頃当時の内務大臣の指令に基いて兵庫県第六次建物疎開跡地措置要綱(甲第一号証)を定めた。右要綱には、疎開跡地は、右要綱に特別の定めのある場合を除き原則としてすべて公共団体においてこれを賃借すること、賃借期間は、一年更新とすること及び賃料は、賃借土地の価格に対する年三分五厘とすることなどが定められてある。そして原告市の当時の市長は、その頃兵庫県知事より本件各土地及びその他の原告市における疎開跡地につき、右要綱に基き賃借するよう指令を受けた。当時原告市においては、疎開跡地の所有者等は、おおむねその疎開跡地を疎開直後から空地のまま放置していたのであるが、原告は、同年八月二十三日被告竹内以外の被告等及び竹内シカ、その他の疎開跡地所有者全部に対し、疎開跡地は、兵庫県知事の指令により、原告が全部賃借する方針である旨、及び土地の具体的な使用方法は、原告において、目下計画中であるから、所有者は、各自使用しないで欲しい旨申入れ、次いで、同年九月十日右疎開跡地所有者全部に対し、疎開跡地には建物その他の工作物等を建設しないこと、但し、食糧増産のため、所有者において農作物耕作に使用することだけはさしつかえないとの条件を付して、原告が疎開跡地を使用する必要が生ずるまでの間、一時的に疎開跡地の管理を委嘱したところ、右被告等及びその余の前記疎開跡地所有者等は、これを承認し、その後右条件を守つて右各土地を管理してきた。

(ロ)  その後、内務大臣は、昭和二十年九月二十日付内務省国土局長名義の通牒をもつて、兵庫県知事に対し、公共団体において賃借している建物疎開跡地は、道路、広場、公園その他将来の都市計画施設の計画上必要があると認めるものは、該公共団体をして引続き賃借のまま空地として保有し、然らざるものは、賃貸借契約を解除して所有者に返還する措置をとらしめるべき旨指令し、右指令に基き、兵庫県知事は、同年十月二十九日付同県土木部長名義の通牒をもつて原告市の市長に対し右内務省国土局長の通牒に従つて措置すべき旨指令し、且つ原告市において賃借した疎開跡地の賃料につき国庫より補助金が下付せられる旨通告した。

(ハ)  そこで、原告は、兵庫県知事の前記兵庫県第六次建物疎開跡地措置要綱による指令に従つて、本件各土地及び原告市におけるその他の疎開跡地につき、昭和二十年六月頃の建物疎開直後その土地所有者等と賃貸借契約を締結すべきであつたが、戦時中及び終戦後の混乱のため、疎開跡地の措置について兵庫県のなすべき審議会等の諸手続が遅延したので、原告は、疎開跡地所有者と賃貸借契約を締結することができず、いたずらに時を経過している間に前記のように内務大臣の内務省国土局長名義の通牒による指令及びこれに基く兵庫県知事の同県土木部長名義の通牒による指令がそれぞれなされるに至つたものである。ところが、原告は、同年十二月十一日に前記兵庫県第六次建物疎開跡地措置要綱に基いて本件各土地及びその他の疎開跡地を将来道路、広場等の都市計画施設の用に供すべく、(但し、当時具体的にいかなる都市計画施設にするかは未だ決定していなかつた。)しかも、後日その都市計画施設が具体的に決定したときは、当該疎開跡地を必要に応じ買収するべく、それまでの間はこれを前記内務省国土局長の通牒の趣旨に従い空地として賃借しておく意図のもとに、被告竹内以外の被告等及び竹内シカとの間に、それぞれ本件各土地につき、原告主張のような内容の各賃貸借契約を締結した。そして、右賃貸借期間を同年七月一日にさかのぼらせたのは、前記のように、本件各土地上にあつた各建物は、同年六月頃に除却されたので、原告は、前記兵庫県第六次建物疎開跡地措置要綱に基き直ちに右被告等と賃貸借契約を締結すべきであつたが、前記のような兵庫県の諸手続遅延のため、その締結の日時が延引したので、賃貸借期間の始期を同年七月一日としたものである。なお、原告は、右締結の日に、賃貸人等に対しては右締結後も従前どおりの条件で本件各土地の管理を引続き委嘱し、且つ、会計の都合上同人等に対し賃貸借期間中の賃料全部を即日一時に支払つた。(前記のように、本件各土地は、賃貸人等に管理を委嘱し、原告において使用収益せず、同人等において農作物耕作のため使用していたので、賃料を支払う必要はないが原告は、当時、本件各土地につき国より賃料の補助金の下付を受けていたので、好意上同人等に対し前記のように賃料を支払つたものである。)なおまた、原告は、右各賃貸借契約締結の日、被告竹内以外の被告等及び竹内シカを除いたその他の疎開跡地の所有者全部との間においても、その各疎開跡地につき、それぞれ前同様の内容の賃貸借契約を締結し、前同様、賃料の一時払をなし、及び管理の委嘱を継続した。

以上の各事実が認められる。

被告等は、昭和二十年十二月十一日、洲本市内通りにある旧市役所(現在の同市消防署)の二階において、原告市の係員等が、被告竹内以外の被告等及び竹内シカに対し、それぞれ使用目的、賃料等の記載してない土地賃貸借契約書と題した各書面を示し、「洲本市は、本件各土地を使用する必要はないが、建物疎開以来、戦時中は、疎開跡地所有者がその土地を使用できなかつたので、その損失に対し国より土地所有者に補償金を下付することになり、その補償金を支払う手段として形式上洲本市と疎開跡地の所有者間で賃貸借契約を結ぶよう指示されたから、この書面に押印されたい。」と懇請したので、右被告等は、その旨信じて右補償金を受取るためのみの目的で右各書面にそれぞれ押印したものであつて、同人等において原告主張のような賃貸借契約を締結したものではない旨を主張するけれども証人服部久隆、同上原端平、同佐和万兵衛、同秦幸市、同植野久五の各証言及び被告沢村嘉一郎本人尋問の結果中、右主張事実に照応する部分は、いずれも前記各証拠に照して信用をおき難く、他に右事実を認定するに足る証拠はなく、かえつて、前記甲第五号証の一ないし五、同第八号証、証人亀井理市、同中村徳松、同広地米市、同谷岡準平、同浦上一乗の各証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告と被告竹内以外の被告等及び竹内シカ、その他の疎開跡地所有者との間の前記各賃貸借契約は、原告市の招請により、洲本市内通りにある旧市役所(現在の同市消防署)の二階に、右の者等(またはその代理人等)が出頭し、原告市側より当時の市の庶務課長亀井理市及び数人の市係員が出席して締結せられたものであつて、その際、右亀井庶務課長が右各賃貸借契約の目的、内容等を説明し、右被告等及びその他の疎開跡地所有者等(またはその代理人等)においてその情を承知の上、予て原告市において用意していた土地賃貸借契約書と題する各書面(すなわち、被告竹内以外の被告等及び竹内シカは、甲第五号証の一ないし五、その余の者等は、これと同趣旨内容の書面)にそれぞれ署名押印しもつて適法に前記各賃貸借契約を締結したものであること、(但し、被告竹内以外の被告等及び竹内シカを除いたその余の疎開跡地所有者等のうち数名は、同日右場所に出頭しなかつたので、その数日後に原告市の係員が、それぞれ同人等の自宅に赴き、前同様の方法で各賃貸借契約を締結したものである。)が認められる。

前段及び右の各認定については、前記の措信しない各証拠以外にこれを左右するに足る証拠はない。

(3)  次に、前記の本件各賃貸借契約は、有効に成立、または、存続しないものである旨の被告等の前記(い)、(ろ)、及び(は)の各抗弁について、順次判断する。

(イ)  まず右(い)の抗弁について判断する。前記甲第一ないし第五号各証、証人亀井理市、同中村力松、同中村徳松、同広地米市、同浦上一乗の各証言、検証の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告と被告竹内以外の被告等及び竹内シカは、それぞれ本件各土地は原告において将来必要に応じ、街路、広場等の公共用施設として使用すべく、具体的にいかなる公共用施設に使用するかは後日原告においてこれを決定すべく、その時までは前記認定のように賃貸人である右被告等において一時的に本件各土地の管理をすることを約し、前記認定のように賃料、期間等を定めて前記各賃貸借契約を締結したものであることが認められ、前記証人服部久隆、同上原端平、同佐和万兵衛、同秦幸市、同植野久五の各証言及び被告沢村嘉一郎本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用し難く他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

思うに、賃貸借契約が有効に成立するためには、その成立の当初より賃借物の使用収益の目的、内容が具体的に定まつていることを要せず、将来において決定し得べきものであれば足り、また、当初より賃借人においてその使用収益をなすを要せず、将来において使用収益をなし得べきものであれば足りるものと解する。

従つて、右認定のように、賃貸借契約成立当初より賃借人自身において賃借物の使用収益をするのでなく、将来賃借人において使用収益をなすべく、その使用収益の目的内容は賃貸借契約成立当時は、抽象的に定まり、将来賃借人において具体的に決定すべく、それまでは一時、賃貸人において賃借物を管理する場合においても、賃料支払の要件を具備する以上、賃貸借契約は、有効に成立するものであると解すべきである。

また、前記認定のように、右各賃貸借契約においては、賃料は、その締結の当初より確定していたものであつて、被告等主張のように確定していなかつた事実については、これを認めるに足る何等の証拠もない。

以上の次第であるから、賃借土地の使用目的並びに賃料の不確定を前提とする被告等の前記(い)の抗弁は理由がない。

(ロ)  次に、被告等の前記(ろ)の抗弁について 判断する。

前記各賃貸借契約締結の際、当時の原告市の市長が、右各契約締結につき、原告市の市会の議決を経なかつたことは、当事者間に争がない。右各賃貸借契約の締結が、原告市の固有事務であるか、原告市に対する国の委任事務であるか、それとも、当時の原告市の市長に対する国の委任事務であるか。従つて、それが原告市の市会の議決を経るべきものであるかどうかは、困難な問題である。今右問題の解決はさておき、仮に、それが原告市の市会の議決を経るべきものであつたとするも、右各賃貸借契約は、当時の原告市の市長において右市会の議決を経ないで締結したものであるけれども、左記理由によつて、いずれも法律上有効に成立したものであると解する。

すなわち、右各賃貸借契約締結当時(昭和二十年十二月十一日)施行中の旧市制第四十一条及び第四十二条により市会の議決を経るべき場合、その所定の趣旨とするところに二様の場合がある。一は、市会の議決を経なければ、市長は、全然これを執行する権能のないものとする趣旨の場合であつて、この場合には市会の議決のあることは、その行為の絶対の有効要件であつて、もし市長がこれを市会の議決を経ないで専行すれば、それは、全然無効である。他の一は、一般には市長の権能を認め、ただその権能を行使するには、市会の議決を経るべきことを命ずる趣旨である場合で、この場合には、もし市会の議決を経ないで市長がこれを専行すれば、それは勿論違法の行為であるけれども、市長は、その行為についての一般権能をもつておるのであつて、それは全然無効となるものではない。そして私法上の法律行為については、一般に市長において市を代表する権能を与えられておるものであるから、その法律行為が市会の議決を経るべき場合であつても、その議決は、絶対の有効要件ではなく、もし、その議決を経ないで、市長がこれを専行するならば、それは、勿論違法であり、市長はその責任を免れることはできぬけれども、その法律行為は、法律上有効に成立するものであると解するを相当とする。

ひるがえつて、本件につきこれをみるに、前記各賃貸借契約は、私法上の契約(右各賃貸借契約は、公法上の契約であると主張する被告等の前記(は)の抗弁に対する判断については、後記(3)の(ハ)参照。)であるから、仮にその締結が原告市の市会の議決を経るべきものであつたとしても、原告市の市長において、その議決を経ることなく市を代表して締結した右各賃貸借契約は前記説示により、有効に成立したものといわなければならない。

以上のようであるから、被告等の(ろ)の抗弁もまた理由がない。

(ハ)  次に被告等の(は)の抗弁について判断する。

前記甲第一ないし第五号各証、証人星忠治郎、同武甕庸雄、同亀井理市、同中村力松、同中村徳松、同山内忠夫、同池内久夫の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、今次戦争中旧防空法に基いて建物が除却された建物疎開跡地については、同法により、防空の実施に際し、緊急の必要あるときは、地方長官または市町村長は、これを一時使用することができたのであるが、その疎開跡地の一般的措置については、同法には何等の規定もなく、また、他に特別の法令もなく、各地方公共団体においてその措置につき困惑していた実状にあつたので、内務大臣は、終戦前において疎開跡地の一般的措置につき全国的に統一するため、行政監督権の行使として、建物疎開跡地の措置に関する基本要綱を定めた上、これが実施を全国各地方長官に指令したこと、前記兵庫県第六次建物疎開跡地措置要綱は、右指令に基き兵庫県知事により定められたものであつて、同知事は昭和二十年六月頃右要綱の実施を県下各市町村長に指令したこと、内務大臣の右基本要綱による指令及びこれに基く兵庫県知事の右兵庫県第六次建物疎開跡地措置要綱による指令はいずれも戦時中防空の見地より疎開跡地の措置を定めたものであるが、終戦後も、廃止せられることなく、疎開跡地を地方公共団体の公共用施設に使用せしめる目的のもとにそのまま効力を存続したこと、内務大臣及び兵庫県知事の右各指令に基いて地方公共団体が終戦の前後に賃借していた疎開跡地につき、前記認定のように、内務省国土局長名義の通牒がなされ、更にこれに基き兵庫県土木部長名義の通牒がなされたものであること、原告は、兵庫県知事の右兵庫県第六次建物疎開跡地措置要綱による指令に従つて、本件各土地につき、建物除却がなされた昭和二十年六月頃直ちに被告竹内以外の被告等及び竹内シカとそれぞれ賃貸借契約を締結すべきであつたが、前記認定の事情により延引し、同年十二月十一日に締結したものであること、右各賃貸借契約の賃料及び原告と右被告等以外の疎開跡地所有者等との間の前記各賃貸借契約の各賃料については、国庫より原告に対し補助金が下付されたが、右は、旧防空法に基いて下付されたものでないことが認められ、証人服部久隆、同植野久五、同秦幸市の各証言中右認定に反して被告等の右抗弁事実に照応する部分は、前記各証拠に照して信用し難く、他に右認定をくつがえして、右抗弁事実を認定するに足る証拠はない。

右認定の各事実によれば、原告と被告竹内以外の被告等及び竹内シカとの間の前記各賃貸借契約は、直接には兵庫県知事の前記兵庫県第六次建物疎開跡地措置要綱による指令に基くものであり、同指令は、前記のように内務大臣の指令に基くものであり、右大臣の指令は、旧防空法、その他の法令に基くものではなく、右大臣の行政監督権の行使としてなされたものである。

そして、公法上の契約は、公法上の効果の発生を目的とする契約であつて、特に法令によつて認められた場合にのみその締結が許されるものであり、公共団体相互の間の場合を除き、国または公共団体とその支配を受ける人民との間の不対等関係において成立するものであるところ、右各賃貸借契約は、公法上の効果の発生を目的とするものでなく、債権の発生を目的とするものであり、また、前記のように、旧防空法、その他の法令によつて特にその締結を認められたものではなく、なおまた、右のように不対等の関係における契約ではなく、対等者間の契約であると解するを相当とするから、公法上の契約ではなく、私法上の契約であるというべきである。故に、右各賃貸借契約が、旧防空法に基く公法上の契約であることを前提とする被告等の前記(は)の抗弁もまた理由がない。

第二、次に、前記各賃貸借契約が原告主張のように昭和二十一年四月一日以降更新されたかどうかについて判断する。

前記認定の原告と被告竹内以外の被告等及び竹内シカは、前記各賃貸借契約締結の際、原告において、本件各土地を将来必要に応じ街路、広場等の公共用施設として使用すべく、具体的にいかなる公共用施設に使用するかは、後日原告においてこれを決定すべく、その時までは、原告は、右の者等に対し本件各土地の管理を委嘱し、同人等において工作物等を建設しないこと、但し、食糧増産のため、農作物の耕作に使用することはさしつかえない旨を約した事実、前記甲第一号ないし第五号各証被告竹内以外の被告等及び竹内シカの各名下の印影部分の成立に争なく、その余の部分は、前記証人谷岡準平の証言により真正に成立したと認める同第六号証の二、右証人の証言、前記証人亀井理市、同中村力松、同中村徳松、同山内忠夫、同池内久夫、同広地米市、同浦上一乗の各証言、検証の結果及び弁論の全趣旨を総合して認められる原告と被告竹内以外の被告等及び竹内シカは、本件各土地は、将来原告において公共用施設として使用すべく、原告が必要と認める場合にはこれを原告に買得せしめることを目的とし、その目的達成までは賃貸借契約を存続せしめる意図をもつて、右各賃貸借契約の第二条第二項、第五条及び第六条の各特約を定めたものである事実、右各賃貸借契約締結当時、賃貸借期間は、残り三ヵ月余りの短期間であつたところ、前記のように、後日原告において必要に応じて本件各土地を公共用施設として使用し、買得するには法律上の諸手続等のため、相当長期間を要すべく、とても右残余の短期間では不足であるので、右各賃貸借契約は、当然更新等により、賃貸借期間満了後もなお、相当期間の存続を要するものであることを原告は勿論賃貸人である被告竹内以外の被告等及び竹内シカもそれぞれ知つていた事実、原告は、右各賃貸借期間満了前である昭和二十一年三月頃より本件各土地がその周辺に繁華な商店街や郵便局、消防署等を控えているので、火災予防等の見地から、これを都市計画街路とする計画をたて、都市計画法所定の手続を順次進めてきた事実、右被告等は、いずれも右各賃貸借契約後本件各土地につき、前記管理をなし、前記条件を守つてこれを農作物の耕作に使用しきたり、賃貸借期間満了後も引続き客観的には前同様右の条件に反しない状態で右各土地を使用してきた事実、原告は、右各賃貸借期間満了の日の翌日である昭和二十一年四月一日以後も引続き本件各土地を賃借する意思を継続し、且つこれを後日前記のように都市計画街路として使用する意図をもつて、引続いて前記の都市計画法所定の手続を進め、なお、右被告等に対する前記管理の委嘱を引続きそのまま継続する意思をもつて、同人等の本件各土地に対する前記状態における使用を黙認していた事実及びその後原告は、同人等に対し会計の都合上、同年十二月二十日頃に各賃貸借期間満了の翌日である同年四月一日より昭和二十二年三月三十一日までの一年分の各賃料を前年度分と同一割合で支払つたところ、同人等は、いずれも何等の異議をとどめないでこれを受領した事実(右各事実の認定につき前記証人服部久隆、同上原端平、同佐和万兵衛、同秦幸市、同植野久五の各証言及び被告沢村嘉一郎本人尋問の結果中右認定に反する部分は、信用し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。)により考えるに、右認定のように、土地の賃借人が、その土地を後日自身において、特定の用途に使用収益するまでの間一時これが管理を賃貸人に委嘱し、その間一定の条件を付して賃貸人にこれが使用収益を許していたところ、賃貸借契約が満了し、賃借人において、その満了後も引続き右土地を賃借する意思を継続し、その意思の徴表である外部行為をなし、なお右管理の委嘱も継続もする意思をもつて賃貸人の土地使用を黙認し、賃借人は勿論、賃貸人も賃貸借の内容目的等よりして期間満了後も賃貸借は当然存続を要するものであることを知つており、一方賃貸人は、期間満了後も、客観的には従前委嘱された管理の条件に反しない状態において右土地を引続き使用し、なお、期間満了後数ヵ月を経て満了後一ヵ年分の賃料を何等の異議をとどめないで一時に受領した場合には、他に特段の事情のない限り、民法第六百十九条第一項により右賃貸借につき黙示の更新がなされたものであると推認するを相当とする。されば、本件の前記各賃貸借契約は、昭和二十一年四月一日以降は賃貸借期間に関する部分を除き従前と同一条件(賃貸借期間は、定めのないものとなる。)の賃貸借として更新されたものというべきである。

なお、更新前の前記各賃貸借契約の内容のうち、第五条及び第六条の各特約は、純粋な賃貸借の部分には属しないけれども後記第四の(ロ)において説示したように右部分と密接不可離の関係にあるものである、しかして、民法第六百十九条第一項の賃貸借の黙示の更新の場合は、右のように純粋な賃貸借の部分に属しない特約でも、右部分と密接不可離の関係にある場合は、右部分と共に更新せられるものであると解するから、右各特約もまた更新されたものであるというべきである。

第三、次に、いずれも原本の存在並びにその成立に争のない乙第四、五号証、成立に争のない同第八号証、被告十河及び訴外竹内宇平の各名下の印影部分の成立に争なく、その余の部分は、前記証人谷岡準平の証言により真正に成立したと認める甲第六号証の三、前記証人亀井理市、同山内忠夫、同池内久夫、同星忠治郎の各証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、前記認定のように、昭和二十一年三月頃より本件各土地を都市計画街路とするため、都市計画法所定の手続を順次進めていたところ、同法所定の内務大臣の決定を得る見込みがついたので、昭和二十二年二月頃右被告竹内以外の被告等及び竹内シカに対し本件各土地の管理委嘱を解いて、右各土地を附近の既設道路と平面に地ならしして街路として竣成し、同年三月三十一日付をもつて同法所定の内務大臣の決定を受けたので、その後、右各土地を市民の一般通路として使用してきたこと(但し、右街路工事はその費用につき、国庫の補助を受ける関係で、連合軍司令部の日本公共事業計画管理要綱に基く生産都市再建整備事業として行われたものである。)原告は、前記のように、本件各土地につき、都市計画法所定の手続に着手した後、昭和二十一年十月頃被告竹内以外の被告等及び竹内シカ、その他の疎開跡地の所有者(賃貸人)等に対し、本件各土地及びその他の各疎開跡地の買収交渉をした結果、その約八割に相当する疎開跡地については、既に買収を了し、または売却の承諾を得たが、本件各土地については、被告竹内以外の被告等及び竹内シカは、それぞれ他の者等に比し高い代金を要求して譲らなかつたので、原告側の再三の交渉にもかかわらず、遂に売買契約は成立しなかつただけでなく、その後右被告等は、不当にも右各賃貸借契約は当初より無効である旨主張し、被告沢村及び同天野は、昭和二十二年四月一日以降の、被告十河及び訴外竹内シカは、昭和二十三年四月一日以降の各賃料の受領を拒絶したので、原告は、右各日時以降の各賃料を、神戸地方法務局洲本支局に供託して現在に至つたものであること、前記認定のように、被告竹内の先代訴外竹内シカは、昭和二十四年三月二十六日死亡し、同被告がその相続をしたので、同被告において右訴外人所有の別紙目録記載(ホ)の土地を承継取得し、且つ同土地についての前記賃貸借契約における右訴外人の賃貸人たる地位を承継したのであるが、同被告もまた右相続後、右訴外人と同様に、原告の買収交渉に応ぜず、また賃料の受領を拒絶して現在に至つたものであることが認められ、前記被告沢村嘉一郎本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、信用し難く他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

第四、次に、被告等の前記(に)の抗弁、すなわち、被告等の解約申入による本件各賃貸借契約(更新後)終了の抗弁及びこれに対する原告の解約権制限の再抗弁について判断する。

(イ)  前記認定のように、更新前の本件各賃貸借契約は、民法第六百十九条第一項により昭和二十一年四月一日以降は賃貸借期間の点を除き、従前と同一条件(賃貸借期間は、定めのないものとなる)の賃貸借として更新されたのであるから、特段の事情のない限り、賃貸人である被告等は、同条第一項但書及び同法第六百十七条により、更新後の本件各賃貸借契約につき、解約の申入をなし得るわけである。そして、被告等が本件訴訟中、本訴に対する被告等の答弁書をもつて、原告に対し、更新後の本件各賃貸借契約につき解約申入の意思表示をなし、その各意思表示が昭和二十七年三月二十八日原告に到達したことは、当事者間に争がない。

(ロ)  そこで、原告の再抗弁について判断すべき順序であるが、まず、その判断の便宜上、更新後の本件各賃貸借契約中の第五条及び第六条の各特約の趣旨、目的、精神及び純粋な賃貸借部分との関係等について考察する。

右第五条は、冐頭において、「賃貸借期間中といえども」とうたつているが、更新後の本件各賃貸借契約は、賃貸借期間の定めのないものであるから、右の賃貸借期間中は賃貸借存続中の意味に解すべきである。同条は、「原告において土地の買収を必要とするときは………地主は、原告に買却するものとする。」と定めているが、これは、右各賃貸借契約の内容である文言及び弁論の全趣旨によれば、原告が賃借土地につき、必要であると認めて、賃貸人に対し買受の申込をした場合は、賃貸人は、結局においてこれに対し承諾の意思表示をなすべき義務があるものであつて、その場合代金について当事者間に合意が成立しないときは、特段の事情のない限り買受申込当時における賃借土地の時価をもつてその代金額とすべき趣旨であることが認められる。次に、同条は「地主において土地を売却せんとするときは、地主は、原告に売却するものとする。」と定めている。これは、文言どおり、賃貸人が賃貸土地を売却しようとするときは、原告に対しこれを売却すべき義務があるとする趣旨である。同条但書は、賃貸人において、やむを得ない事情のため、原告以外の第三者に賃貸土地の所有権を移転する必要を生じた場合には、予め原告に対しその旨を通知し、且つ原告の承認を受けることを要する趣旨である。

右第六条は、第五条但書により、賃貸人が原告以外の第三者に対し賃貸土地の所有権を移転する場合は、第三者をして第一条ないし第五条の各約定を承継せしめることを条件としてこれをなすことを要するとする趣旨である。

要するに、右第五条及び第六条の各特約は、右各賃貸借契約存続中、賃貸人である被告竹内以外の被告等及び竹内シカに対し本件各土地売却の義務を課し、やむを得ない特別事情のため同人等が第三者に対しその所有権を移転する必要を生じた場合に同人等に特別の義務を課して、その第三者をして同人等の本件各賃貸借契約における地位を承継せしめ、もつて、あくまでも終局において、原告が必要と認めた場合には原告をして本件各土地を買得せしめることを目的とし、その目的の達成に至るまでは賃貸借契約を存続せしめんと意図するものである。

そして、右各特約は、本件各賃貸借契約の内容のうち純粋な賃貸借の部分に属しないが、前記の趣旨目的、精神よりみて、右部分と密接不可離の関係にあるものであるということができる。

(ハ)  右第五条及び第六条の各特約の趣旨、目的、精神及び純粋な賃貸借部分との関係に、弁論の全趣旨により認められる更新前の本件各賃貸借契約の第二条第二項の特約は、同各賃貸借契約の第五条及び第六条の各特約の目的、精神(この各特約の趣旨、目的、精神及び純粋の賃貸借部分との関係は、更新後の第五条及び第六条の各特約のそれと同じである)を達成する意図をもつて定められたものである事実(文言自体及び弁論の全趣旨によれば、右第二条第二項の特約は、賃貸借期間の満了により賃貸借が一旦終了した後でも社会通念上相当と認められる期間内であれば、賃借人が、賃貸人に対し賃貸借期間の伸長を申入れた場合は、賃貸人はこれを承認する義務があるものとする趣旨であることが認められる。右特約は、更新前の本件各賃貸借契約の各賃貸借期間満了後は独立して有効に存続したものである。しかし、現在なお存続するかどうかは、ここに論及するの限りでない。)及び従前の各認定において明かな当初より本件各賃貸借契約の前記更新に至るまでの間の原告と被告竹内以外の被告等及び竹内シカとの双方の各事情を合せて考えると、更新後の本件各賃貸借契約においては、契約の当事者双方は、結局において、原告が必要と認める場合は、原告をして本件各土地を買得せしめることを目的とし、その目的達成までは賃貸借契約を存続せしめんとする意図であるから、賃貸人の一方的意思表示により、賃貸借契約を解約することは、原則として右の目的、意図に反するものであるというべく、従つて右各賃貸借契約には、解約が賃借人である原告に何等の不利益をもたらさない場合、もしくは、原告が解約申入を承認し、またはこれに対し異議を述べない場合等の外は、賃貸人の一方的意思表示をもつて、右各賃貸借契約を有効に解約することを得ない旨の制限(但し、賃貸人が前記認容の範囲以外において、原告の債務不履行を原因として契約の解除をし得ることは勿論である。)が付せられているものと認めるを相当とする。そして右解約権の制限は、前記のように賃貸人の契約解除権(債務不履行によるもの)をはく奪するものでなく、またその解約権を全面的にはく奪するものでもなく、なおまた、前記のように、右各賃貸借契約は、原告において、本件各土地を公共用施設として使用するため、必要と認めて買得した場合は、その存続の目的を達成したものとして当然終了すべきものであつて、永久に存続すべきものでないから、右解約権の制限は、勿論公序良俗に反するものではない。また、民法第六百十九条第一項但書及び、六百十七条の解約権に関する規定は、当事者の意思を推測し、その利益を顧慮して設けられた任意規定であると解するから、右解約権の制限は、勿論有効である。

そして、前記認定のように、原告は、本件各土地を都市計画街路として使用の必要上、被告竹内以外の被告等及び竹内シカに対し、昭和二十一年十月頃、その買受の交渉をしたが遂に売買契約は、成立しなかつたものであり、原告において現在なお、右各土地の買得を必要とするものであることは、弁論の全趣旨により明かである。故に、被告等の前記各解約の申入は、前記解約権の制限に反するものとして、いずれも解約の効力を生じない。従つて、被告等の前記(に)の抗弁もまた理由がない。

第五、前記認定のように、原告は、昭和二十一年十月頃被告竹内以外の被告等及び竹内シカに対し本件各土地につき買収交渉をしたが、代金額につき合意が成立しなかつたので、遂に売買契約は成立しなかつたのであるが、右買収交渉は、本件各賃貸借契約の第五条の特約における原告の買受申込とみるべきである。右のように、代金額につき合意が成立しなかつた以上は、右特約により、同人等は、原告に対し買受申込当時の本件各土地の時価をもつて売渡すべき旨の承諾の意思表示をなすべき義務があるものといわなければならない。(被告竹内は、前認定の相続により訴外竹内シカ死亡後は同人の右義務を承継したものである。)しかるに、被告等が右各義務を履行しないのみならず、賃貸借契約の無効を主張して賃料の受領を拒絶するに至つたこと及び原告が本件各土地を街路として竣成し、都市計画法所定の内務大臣の決定を受け、その後これを市民の一般通路として使用してきたことは、前記認定のとおりである。ところが、被告等が、その後昭和二十六年八月九日本件各土地上にそれぞれ原告主張のような棒ぐいがこいを施したので、原告が同年十一月十二日被告等を相手方として、当裁判所に本件各土地につき、原告主張のような仮処分命令の申請をしたところ、同日夜間、被告天野及び同十河がその各所有の別紙目録(ロ)、(ハ)、(ニ)の各土地の上に原告主張のようなバラツク一戸ずつを建設したので、原告が翌十二日右仮処分命令申請に右工作物収去の追加申請をなし、同日同裁判所が原告主張のような仮処分決定をなし、決定が即日原告主張のように執行され、なお、原告において、右決定に定める条件により本件各土地の使用を許されて現在に至つたことは、当事者間に争がない。前記認定のように、本件各賃貸借契約は、なお有効に存続するものであるから、被告等の右棒ぐいがこいの施設及び工作物の建設は、本件各土地に対する原告の賃借権に基く使用収益を侵害するものである。故に被告等は、原告に対し右棒ぐいがこい及び工作物等を収去して本件各土地を引渡すべき義務があるわけである。そして、前記のように、右仮処分により、本件各土地は、被告等の占有は解かれて、当裁判所執行吏の保管に移され、右棒ぐいがこい及び工作物等は、右執行吏により収去せられ、なお、原告は、一般交通の用に供するためにのみ現状を変更しないことを条件として右執行吏より本件各土地の使用を許されて現在に至つたものであるが、右仮処分は、その申請人である原告に対し、本案判決確定までの間、仮定的な履行状態を与えたにとどまり、右仮処分の被保全権利である原告の本件各賃借権に基く前記棒ぐいがこい及び工作物等の収去並びに本件各土地引渡の各請求権は、これがために何等の影響を受けるものでないから、右仮処分の本案である本訴においては、右仮処分の執行については、これを顧慮することなく審理すべきであることは勿論である。

よつて、被告等に対し、右棒ぐいがこい及び工作物等の収去並びに本件各土地の引渡を求める原告の本訴請求は、いずれも正当としてこれを認容すべく、一方、被告等の反訴請求は、以上の認定により、その理由のないことが明かであるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した次第である。

(裁判長裁判官 安部覚 裁判官 原田久太郎 首藤武兵)

<以下省略>

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